図書館の予算が減少し、図書を購入したり、スタッフを雇ったりするのが難しくなっているのはどうやら日本だけではないようです。
アメリカのニュージャージー州で、図書館のサービス継続のためにトレンド分析やマーケティングを行った経験を持つアルカ・バトゥナガーさん(現・米国大使館情報資料担当官)が「アメリカの公共図書館におけるトレンド分析とマーケティング」という講演を行いました。この講演から、これからの図書館運営のヒントを探ってみたいと思います。
「アメリカの公共図書館におけるトレンド分析とマーケティング」は「第2回アメリカンシェルフ講演会」として、千代田区立日比谷図書文化館主催、米国大使館広報・ 文化交流部共催で行われたものです―主催者より補足(2013年12月27日)
必要に迫られてマーケティングに取り組む
アメリカの図書館では、所蔵資料の冊数、貸出数、利用時間、パソコンの台数など様々な調査資料が図書館の公式サイト上に公開されており、誰でも参照できるようになっています。
バトゥナガーさんが当時勤務していたアメリカニュージャージー州立図書館でも多くのデータを収集・公開しており、これを元に、州からの補助金(図書館の運営資金)が効果的に使われているかの分析をするのが仕事だったそうです。
図書館の人、商品、サービスの分析から始まり、たくさんのデータと格闘する毎日を送っていたある日、そもそもなぜこのような業務が必要なのかをふと考えたとか。
ニュージャージー州立図書館の資料ページ |
そのとき、全米図書館のデータがあるIMLS(Institute of Museum and Library Services)のデータを分析することで、何か理由が見つかるのではないかと思ったそうです。
いつでもどこでも変わらないのは”図書館の公共施設としての責任”
IMLSで過去30年間の図書館のデータを見ると、利用者、コレクションの内容など色々なものに変化がありますが、変わらないのは「図書館の公共施設としての責任」でした。これはアメリカの図書館だけではなく、世界中の図書館に言えることです。
OCLCによる図書館イメージの調査では、図書館に必要なものは40%が本、残りの60%は時代に合わせた施設やサービスであるという結果が出ていたそうです。つまり、色々言われてはいても、図書館に本が残ることが必要だということがわかりました。
では、図書館でどんなサービスを提供していくべきかを検討することにしました。
提供すべきサービスは「客がなにをほしがっているか」から見えてくる
これまでの図書館サービスは「図書館が何を提供したいか」によって行われてきました。しかし、それでは利用者は離れていくばかり。これからは「お客(利用者)が何をほしがっているか」の視点からサービス提供を考えていかねばならない、ということに気づいたそうです。
IT技術の発展やソーシャルメディアの普及により、情報への要求も変化してきています。例えばお客が情報をほしいと思ったときの要求にはこんなものがあります。
- 全部まとめた情報がほしい
- 自分にとって価値のある情報がほしい
- 今すぐにその場で情報がほしい
- 自分に必要のない余分な情報はいらいない
- 自分のいるところまで届けてほしい
ITが普及してきたとは言え、依然として紙の本のニーズは高いままです。そこで世界最大規模のシアトル図書館では、自転車で公園などに本を持っていく取り組みを始めました。図書館に来てもらうのではなく、ニーズのあるところに図書館が行くという発想ですね。
シアトル図書館の取り組みを伝える“Book Patrol”のサイト |
図書館に行かないのは、図書館のサービスを知らないから
ところで、図書館を利用している人は本当に図書館のサービスを知っているでしょうか。OCLCの調査によると、回答者のうち91%が図書館を利用していましたが、そのうちどのようなサービスがあるのかがわかっている人はたったの22%でした。市民の図書館への認識が下がっているということです。
図書館の認知度を高める責任があると感じたのはこの辺りからだったそうです。
図書館ブランドを立ち上げて、市民のための組織に
2007年から2009年の間、バトゥナガーさんはニュージャージー州立図書館の「図書館発展局」という部署に所属し、資金不足による図書館閉鎖の危機にどう立ち向かうかの対策を講じていました。
改めてマーケティングの概念を活用し、市民の意識を図書館に向け、認知度と利用率を上げて運営資金を獲得するために、図書館ブランドを立ち上げることにしたそうです。
マーケティングの結果、リーマンショックによる失業者問題が大きいため、図書館でこの手助けをすることにしたとのこと。
アメリカでは履歴書の提出にパソコンが必要なため、図書館内で利用できるパソコンの台数を増やす、地元の企業や労務省などと協力して館内でジョブフェア(就職説明会)を行う、求職者のためのポータルサイトをつくるなど、職探しの支援サービスを重点的に行いました。
図書館が運営する求職ポータルサイト |
あるときバトゥナガーさんがスーパーで買い物をしていると一人の女性が近づいてきて、「この人が私に仕事を見つけてくれたのよ!」と叫ぶ場面があったそうです。図書館の支援が実ったことを感じた瞬間だったといいます。
また図書館で何ができるかをお知らせする”I LOVE NJ LIBRARIES“というポータルサイトもつくったそうです。
ただサービスを提供するだけでなく、広く知ってもらうことが重要
もちろんこの成功の裏には、たくさんの仕掛けがありました。バトゥナガーさんの考える大切なポイントをまとめました。
- 利用者のニーズを把握する(トレンドの分析とマーケティング)
- 図書館だけでやらない。パートナーと手を組む
- 全てのチャネルを使って情報を発信する
- 図書館員の意識を変える。研修を続け、考え方を共有し、流れをつなぐ
- 運営資金獲得のための仕掛けをつくる
1.利用者のニーズを把握する(トレンドの分析とマーケティング)
立地や人によって、図書館に求めるものが違います。ニュージャージー州立図書館が求職者向けのサービスを行ったように、ニーズにあったサービスを提供する必要があります。
2.図書館だけでやらない。パートナーと手を組む
図書館だけでできることは限られます。例えば求職者向けのサービスでも、履歴書の基本的な書き方を伝えることはできますが、業界ごとにポイントを絞ったアドバイスは難しい。地元の企業と手を組んで、それぞれにメリットのある関係を築くとうまくいきます。
またニュージャージー州立図書館では、シャイな人が多い図書館のために、マーケティングの神様と呼ばれるSeth Godin氏を呼んでキャンペーンの戦略を練ったり、図書館情報学の講座を持つ大学とコラボしたり、広告にセレブを起用するということもやったそう。
3.全てのチャネルを使って情報を発信する
プレスリリース(お知らせページ)だけではなく、メールマガジンやブログ、ソーシャルメディアを活用する。また、図書館員自身が広告塔となるのも有効です。
スーパーマンならぬ”super librarian“ |
4.図書館員の意識を変える。研修を続け、考え方を共有し、流れをつなぐ
アメリカの図書館員も、静かでシャイな人が多いそうです。現状を変えるために、図書館員の意識も変えていく必要があります。図書館員がストーリーを語る活動を行ったり、頑張った図書館員に賞を授与してモチベーション維持をはかるのも有効だそうです。また、大きな流れをつないでいくために、継続した研修も必要ということでした。
5.運営資金獲得のための仕掛けをつくる
図書館のさまざまな活動が認知されれば、運営資金の獲得に一歩近づいたといえます。更に広く、予算配分を決定する議員の人たちにも図書館の活動を知ってもらうために、図書館の活動を短くまとめたカードを常に携帯し、いつでも渡せるようにしておくととても良いそうです。
アメリカではALA(アメリカ図書館協会)のウェブサイト上で、このカードやその他の図書館のマーケティングツールが誰でもダウンロードできるようになっているとか。
できることはたくさんある
さて、ここまで見てきたニュージャージー州立図書館の例は、アメリカだからできたことでしょうか。
質疑応答の時間には、様々な質問が出ました。
バトゥナガーさんは言います。アメリカの図書館員もシャイで内向的な人が多いが、少しずつ意識を変えてここまでやってきた。やり方がわからないなら専門家に頼ればいい。資金がないなら、獲得のために動けばいい。一部の利用者のためだけにニーズを絞ったサービスが難しいとは言え、すべての利用者のためのサービスなんてできないのだから、絞り込むしかない。結果的にそれが功を奏するものだ。
ニュージャージー州立図書館でもすぐに結果が出たわけではなく、「図書館なんて」と言われて、たくさんの失敗や辛い思い、試行錯誤を繰り返しながらこのような結果を出すことができた。短期的な結果を見るのではなく、長期的に見て効果があるようなものに取り組んでいくことで、良いサービスにつながっていくと思う、ということでした。
図書館のプロモーションという点では日本でもすでにいろいろな取り組みが始まっています。それらの取り組みのベースとして、マーケティングは欠かせないものです。そのためにも日本では図書館の統計データのオープン化も重要であると感じました。
<関連リンク>
・アメリカの公共図書館におけるトレンド分析とマーケティング|日比谷カレッジ
・講演会「アメリカの公共図書館におけるトレンド分析とマーケティング」 参考資料
・米国大使館レファレンス資料室|カーリル
・ニュージャージー州立図書館
・ALA(アメリカ図書館協会)