図書館デジタル化の波紋、パブリックアクセスと出版は両立するか

※記事タイトルの「オープンアクセス」をより正確に「パブリックアクセス」に変更しました (6/22 17:38)

国立国会図書館が、34万冊以上の著作権処理が完了した本や雑誌をインターネットで公開している近代デジタルライブラリー。この図書館資料のデジタル化をめぐって巻き起こった議論を追いました。

刊行中の本の公開は死活問題

近代デジタルライブラリー、通称「近デジ」が今月になって、インターネットで話題を呼びました。
インターネットに公開されたデジタル化資料が日本出版者協議会の要望により一部が一時公開停止になっているという話です。
この対応をめぐってスラッシュドットTwitterなどインターネット上では、出版社側に批判の声が集まりました。
そこで、公開差し止めを要望した「大蔵出版」の社長、青山さんにお話を伺いました。


当初は正当だという理由で取り合われなかった

大正新脩大蔵経』全88巻が突然近デジ上に公開されたのが2007年。この本は現在も刊行中で、1冊2万円もする高価なものです。国会図書館にすぐ抗議しましたが、著者没後50年を経ており著作権保護期間が切れている、正当だという理由で取り合ってもらえませんでした。

弁護士に相談したのですが、著作権切れの法的根拠があるから難しいとのことで、諦めました。
今年の『出版ニュース』4月中旬号で改めて意見表明をしたところ、国会図書館と会談の場を持つことになり、大蔵出版は日本出版者協議会の一員として出席しました。その結果が今回の発表です。

ヨーロッパでは著作権が切れていても、現実に全集が売られているならば民営を圧迫しないという例もあります。大蔵出版は大正時代に出版された『大正新脩大蔵経』をきちんと復刻して出版するという趣旨の会社。それを否定されたら残るものがありません。国立国会図書館の判断は、この部分を尊重してくれたのだと思います。

批判が続出することは全く予想していなかった

インターネットでの反応は見ていません。著作権が切れているのだから、公開してもよいだろうという批判が続出することは全く予想していませんでした。いくら著作権切れとは言え、現在刊行中で実際書店に並んでいる作品であるということを全く無視して、無断でインターネットに公開すること自体が商業道徳に反するのではないでしょうか。

青空文庫のようなデジタル化にどうこう言うものではない

青空文庫のようなデジタル化プロジェクトについては別段何も思っていません。私が言っているのは、著作権切れになっていても実際に出版社が継続して売っているもの。夏目漱石の作品などと今回とは全然性格が違うので、どうこう言うものではありません。

『大正新脩大蔵経』の現物はずっと売られ続けているし、ワンセット149万円(税抜)もする資料です。本書は1960年~1979年の19年もかけて復刻したもの。昔の本の写真を1枚1枚撮って、本当に手間をかけている。1977年に遺族から著作権も買い取った。遺族との絆もある。そういう意味では、その50年後の2027年までは大蔵出版の著作権保護期間であると考えることもできます。
過去には安い海賊版に悩まされた時期があり、大蔵出版も豪華本から並製本に変更することで価格を抑え対抗してきました。そして今度は「国会図書館がデジタル海賊版を公開する」という事態になりました。

-図書館についてはどう思いますか

大蔵出版の書籍の購入先は多くが寺院。その次が大学図書館で、公共図書館もあります。
県立図書館などは、豪華本を使い古してしまったため展示用として、並製本を閲覧用としているところなんかもあります。図書館に買っていただくのは非常に重要で、利用者が図書館の中で読める、ということは問題ないと思っています。

-今後、近デジや青空文庫のようなデジタル化資料が増えた場合、共存は可能でしょうか

それについてはあまり考えていません。
今回の出版協の申し立てでは、著作権切れでも実際に流通しているものについては、近代デジタルライブラリーで公開しないでほしい旨を国立国会図書館に伝えました。また、著作権者がわからなくなっているものは、最初に復刻した出版者に著作権を付与するべきではないかとも伝えました。

(インタビュー:杉山@カーリル
※『大正新脩大藏經』については大蔵出版が90年代にデジタル化公開の許諾を仏教学界に対して行っており、その結果、SAT大正新脩大藏經テキストデータベースで全文テキストも頁画像も公開されているとのご指摘をいただきました。説明不足があり大変申し訳ありませんでした。(吉本・6/22 18:50)

デジタル化資料をきっかけに紙で復刊

2013年6月20日、彩流社から『エロエロ草紙【完全復刻版】』が発売されました。
実はこのタイトル、近代デジタルライブラリーの閲覧数ランキング1位の人気資料です。それを今回、紙の書籍として刊行することになったのはどういった経緯なのでしょうか。
彩流社の担当、高梨さんにお話を伺いました。

市場に出回ってないのであれば「本になる!」と思った

『エロエロ草子』は昨年の10月頃にFacebook経由で知りました。アクセス数が5ヶ月連続1位をキープしているとか。そんなのがあるんだ、と少し調べてみたら、製本の段階で発禁処分になった本だということがわかり、市場に出回ってないのであれば「本になる!」と思いました。

内容を確認しようと思って近代デジタルライブラリーでダウンロードしてみましたが、中身がどうこう言う前に、文字がはっきり読めなくてイライラするんです。一般の読者も同じ思いをしているのではないかと思って、やっぱり書籍化したいというのが最初でした。

復刻の許可を求めたら怒られると思っていた

国立国会図書館のデータをもらうことは全く考えていませんでした。復刻の許可を求めたら門前払いを食らうのではないか、怒られるのではないか、と思っていました。

復刻のために原本を手に入れたいと思って、神田神保町や早稲田の古書店街を回ったり、研究者に声をかけたりしてみました。しかし、タイトルを聞くと皆「それはない」と即答するんです。しばらく探しましたが見つからなかったので、今年の4月に仕方なく国立国会図書館に行くことにしました。

カラーだということに衝撃を受けた

実物を見たとき、カラーだということに気づいて衝撃を受けました。今、市場に出回っているものは全てモノクロ。当然一般の人もカラーで見たら驚くだろうし、嬉しいはずだと、ますます出版したい意欲に駆られました。
原本は現物はシミだらけでぼろぼろ、破れているページはあるし、糸かがりは外れているし、水に濡れたかのように紙がベコベコになっているところもある。

復刻出版したい旨を申し入れましたが、図書館の役割は資料の提供とともに、後世のために資料を保存することだから、この状態の貴重書は複写許可できないと断られてしまいました。

世の中に「読みたい」という欲求があるのだから、何としても出版したい。別の部署にも依頼してみて、最終的に、デジタル化データはどうしても出すことはできないが、今回だけ特別に原本の複写を許可してもらえることになりました。

原本はひどい状態で退色もしていたので、デザイナーの渡辺さんが80年前の色を想像したり、足りない部分を補って再現してくれました。製作過程はブログで公開しています。

図書館にも置いてほしい

市町村の各図書館にも置いてほしいですね。当時の風俗を知る文化的な資料としても十分価値がある。『エロエロ草紙』というタイトルから青少年に悪影響を与えると敬遠する気持ちもわかるが、隠せば隠すほど、こういった文化が地下に潜ってしまう。国立国会図書館でも公開されているものだから、どこの図書館に行っても見られる状態になっていてほしいです。

権利関係は難しい

近代デジタルライブラリーはモノクロだし、全く別のもの。むしろ宣伝してくれていると思っているくらい。デジタルでは再現できない仕掛けもできたし、今回の復刻版はとてもいいものができたと自信を持っています。
正直なところ、版元には著作権もないし、法律的には全く守られていない状態。今回の復刻に際しても、データ補正などにかなり手間隙がかかっています。できるのならば©(コピーライト)をつけさせてほしいところ。その辺りの権利関係は難しいです。

近代デジタルライブラリーで人気があった別の作品を復刻することも検討したいと思っています。国立国会図書館は敷居が高いと思っていましたが、今回の経験で親しみを感じるようになりました。彩流社自体が、復刻に意欲的な会社でノウハウもある。ぜひやっていきたいと思います。

(インタビュー:杉山@カーリル

改めて図書館と出版を考える

近代デジタルライブラリーに代表される資料のデジタル化は、図書館と出版との関係を考える良い機会になりそうです。今後は、国立国会図書館がインターネットには公開していないデジタル化資料も、公共図書館向けにデータ送信する取り組みが開始されます。

図書館資料のデジタル化が進めば、「建物としての図書館は不要なのでは」という声も多くなるでしょう。国会図書館だけではなく、全国の図書館が、図書館の新しい役割や出版との関係を考えていく必要に迫られることになります。

この問題を巡っては、カーリルの中でもいろいろな意見がありました。デジタル化が進んだ図書館で、自分たちに出来ることは何なのか、さらに議論を深めていきたいと思います。皆さんはどう考えるでしょうか。

(吉本@カーリル

<関連リンク>
近代デジタルライブラリー
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国会図書館近代デジタルライブラリーの件で|togetter

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